BUMP OF CHICKENの歌詞って、すごいものが多すぎて誰かと話したくて仕方がなくなります。
そこで「この歌詞すごいよね!」と、特に話したくて仕方がない、大好きなフレーズを厳選してまとめてみました。
「あーそこきたかー」「いやその曲はあそこのフレーズだろ!」なんて思いながら読んでいただけたら嬉しいです。
まだ全ては書けていないので、これからドンドン追加していきます。
(RADWIMPS・Mr.Childrenのおすすめ歌詞フレーズもまとめているので読んでみてください)
窓の中から
生み出してしまった希望を
頷いてくれた絶望を
18祭で合唱のために書かれた、BUMPの新たなる名曲『窓の中から』。
自分という「窓」の中から、全てを一緒に見てきた、「自分の中にいる子供のままの素直な自分」が、「ハロー ここにいるよ」と呟く場面から、曲が進むに連れて「宇宙を震わせろ今」とミクロからマクロ規模に発展していく、映画のような、絵本のような壮大な歌詞と音。
藤原基央さんがラジオで言っていた「曲って鏡だから、そこに写った自分から何かを拾いあげることができる」という言葉の通り、この曲を聞くと、普段の生活の中で、傷つかないために、色々と身に纏ってしまって見えにくくなっていた自分の本音を、優しく映し出してくれる。
通して聞くことで完成される歌詞と曲だけれど、特にこの「生み出してしまった希望を 頷いてくれた絶望を」というフレーズが、聞いた瞬間に嬉しくて感動してしまった。
希望を持つということは、生きていく上でもちろん大切で、無いと生きていくことすらできない。
けれど持ちすぎると、それが潰れてしまった時に、絶望になってしまう厄介な物でもある。
だから希望という言葉にはネガティヴなイメージも持っている。
しかし、それでも気付けば、いつのまにかまた希望を持ってしまっている。
だからこそ藤原基央の歌詞が「生み出してしまった」となっていることに、余計に共感を感じてグッときた。そして、「希望を生み出してしまう(持ってしまう)ということは、絶望がオッケーを出してくれたから起きる事象なんだよ」と今まで気が付かなかった事実を教えてくれて、
という風に、希望と絶望に対する新しい見方を知って嬉しくなった
「絶望があるから希望がある」といった、フワッとした名言ぽい言葉では、何も響かなかった僕に、心の奥から実感させてくれる藤原基央さん、BUMP OF CHICKENの曲には優しさと勇気が、いつも詰まっている。
カート・ヴォネガットの『国のない男』という名エッセイ集を読んだ当時、ヴォネガットの鋭い視点から見た世界が語られていて、「この世界ってヒドい場所だなぁ。。」と絶望的な気分になったけれど、今もう一度読み返してみたくなった。
虹を待つ人
そのドアに鍵はない そのドアに鍵はない
開けようとしないから 知らなかっただけ
初めからずっと自由
「ダメだ、ぼくにはできない」と絶望してるかもしれないけど、それまだやってないだけだよ」と教えてくれる素敵な歌詞。
本人的には「何度やってもダメ」とか思っていても実際は「何もしていないだけだった」ってことがこの世には本当にたくさんある。
現にこの歌詞と同じようなことを歌ってくれている曲もいっぱいあって、宇多田ヒカルさんの『Wait&See~リスク~』という曲でも、
回らないタイヤが目の前に
並んでるけど
アクセル踏まずにいるのは
誰だろうね?
という歌詞が出てくるし、同じBUMP OF CHICKENの曲『オンリーロンリーグローリー』の中でも、
目隠しをしたのも
耳ふさいだのも
全てその両手
と歌われている。
開けようとしてないのに、「ドアが開かねー!」とか、アクセル踏んでないのに「タイヤが回らねー!」と嘆いたり、自分の手で目と耳をふさいどいて「なんだこれ!?なんも見えねーし聞こえねー!!超こえー!!」と騒いだり、言葉にするとコントみたいなことを僕たちは平気でやっちゃう。
じゃあどうしたら、そんなことをやめられるかっていうと、やっぱりこうゆう素晴らしい曲を聞いて、
「あれ、おれドアを開けようとしたことなかったかも」
と気付きを得るってのいうのがいいんじゃないかと思う。
藤原基央さんも、よく「音楽は鏡だから、その鏡に自分を写して、まだ自分でも気付いてない自分に気づいてあげて」というようなことを言っている。
医学的にいうと「認知療法」というやつ。
自分で自分の気持ちを探って捕まえるとスゥっと楽になったりするから、バンプの音楽だったり、映画や小説を楽しみながら自分の汚い部分や可愛い部分を見つけていきましょう。
ちなみに気持ちや認知に関する本では、僕は『いやな気分よ、さようなら』という本が好きです。
理不尽な出来事に合って、イライラしたりクヨクヨしたりする時に、この本をパラーっと読んでいるだけで、少しリラックスできるようになるので、分厚い本ですがおすすめです。
望遠のマーチ①
どれだけ待ったって 誰も迎えにこないじゃない
行こう 行こうよ
『望遠のマーチ』のPVが公開された日、このフレーズを聞いた瞬間に大好きな曲になった。
僕は少しひねくれ者なので、
「前向きに生きよう!前に進もう!」
というまっすぐで眩しい言葉よりも、
「ずっと待ってたけど誰も迎えにこないし、もう仕方ないから行こうぜ!」という、諦めだったり、挫折だったりがあって、決してプラスだけではないけれど、なんとか前を向いているような言葉の方が心に刺さる。
『ダイヤモンド』という曲でも藤原さんは、
目標なんてなくていいさ
気付けば後から付いてくる
と歌っていたけど、これも
「目標に向かって突き進もう!」
といった眩しすぎる言葉ではなく、
「とりあえず何したらいいかわかんないけど、ここにいたらずっとわかんないからとりあえず進んでみよう」
という感覚になれる。
どちらの歌詞も共通して、自分の中のネガティブな感情や現状を、見て見ぬふりをしてポジティブなふりをするんじゃなく、それを受け止めた上で、「それでも行ける」と教えてくれる。
「誰も迎えには来てくれない」という厳しい現実を、「だから行こう」と、逆に進む理由に変えてくれる勇気と優しさがある素敵な歌詞だと感じる。
望遠のマーチ②
与えられた居場所が
苦しかったら
そんなの疑ったって
構わないんだ
このフレーズで歌われていることは、誰かに対して思ってしまうことが多い。
この後の『流星群』のところでも書いてあるけれど、逃げることは全然恥じゃない。
僕は今までしんどかったらすぐ逃げて、恐ろしいペースでバイトを変えてきた。
そして色んなバイトをやって気づいたのが、自分が場所によって仕事ができる人だったりできない人だったり、立場が簡単に変化することだ。
本屋のバイトでは本にビニールを被せる仕事が遅すぎて、頼りないヤツって感じで見られていたのに、次のカフェでのバイトでは、ドリンクを作るのが意外とうまくできて、仕事ができるやつって扱いで社員さんに可愛がられていた。
これはほんの一例だけど、今いる場所が苦しいなら、それは自分が悪いんじゃなくて、
・そこが単に今の場所と自分の相性が悪いだけ
・そこにいる一部の人達が平気なだけで、ほとんどの人が居辛いダメな場所
という可能性がめちゃくちゃ高いです。というかほとんどがこの二つです。
違う場所に行ったらあっさりと苦しくなくなったりもするから、本当に一箇所にこだわるのって馬鹿らしいです(よほどそこに居たい理由があれば別ですが)。
日本一のニートとして有名なPhaさんは、居場所どころか、
・結婚
・人付き合い
・頑張ること
ですら、「自分に合うものではない」と理解したことで、楽に生きていけてるみたいです。
僕たちも「しなくてはならないことなんて本当は全くない」ということを、忘れないように、生きていかないとダメですね。じゃないと変に追い詰められてしまうので。
Ray
◯×△どれかなんて
みんなと比べてどうかなんて
確かめる間もないほど
生きるのは最高だ
切ない歌詞の中に突然でてくる「生きるのは最高」だという言葉のインパクトがすごい。
この「生きるのは最高」という言葉は、「人生楽しー!!最高!!」という単純な意味ではないことはRayを通して聞けばわかる。
現に藤原基央さん本人も、この曲についてのロッキンオンジャパン誌でのインタビューで、「生きるのは最高だって言葉で元気が出ます!とか明るくなる!とか言われると戸惑ってしまう。」というようなことを言っていた。
「悲しいことを悲しい曲調で歌うことにはあまり興味がない」とも。この歌詞はやはり寂しさの中から出た言葉みたいだ。
悲しいのに「最高だ」という言葉が出てくるこの不思議な感覚はCOLDPLAYの代表曲の1つ『Viva La Vida』という曲を初めて聞いた時のことを思い出す。
『Va La Vida』というタイトルは日本版では意訳の『美しき生命』とされているけれど、本当は「人生万歳」という意味。
でもこの曲では、かつては王だった孤独な男が、今は落ちぶれて虚しさを抱えて生きているという物語が歌われている。
『Ray』も別れについての曲で、辛さがそこにはあるのに「生きるのは最高だ」と歌われていることと似ている。
『Va La Vida』とRayの2曲とも「喪失」を味わうという避けなられない辛いことを感じた時にこそ、「人生万歳」「人生は最高だ」という言葉がでてくるところに、ぼくがまだ知らない人生の深い部分を感じて、ずっと考えてしまう。
記念撮影
言葉に直せない全てを
あの紙飛行機みたいに
あと時二人で見つめた
レンズの向こうの世界へ
投げたんだ
BUMP OF CHICKENの歌詞に、たくさんの人が惹かれるのは、自分では気付かなかった新しい視点を教えてくれるからだと思う。
この曲では写真を撮るということが、こんなにドラマチックなことなんだと教えられた。
今までは、写真を撮るという行為について、深く考えたことはなかったし、「後で見返すため」と漠然と考えていたけど、「レンズに向かっている=未来の自分に向けている」と言われると、なんだかすごく素敵なことに感じるようになった。
藤原さんの歌詞は過去・未来・現在を行き来して大事なものを見つけたり捕まえたりしてくれるところが本当に聞いていてワクワクするし、感心してしまう。
未来・過去・現在という時間に対して、今までは想像もしなかった、新しい概念が描かれている『メッセージ』という映画が、とんでもなく素晴らしかった。
物静かで、切なすぎる物語で、BUMP OF CHICKENの曲を聞いた時と同じように、「時間ってなんなんだろ?」と深く考えさせられてしまう映画だったので、ぜひ見てほしいです。(きっとBUMP好きなら好きなはず。)
66号線
ワクワクだとか ドキドキだとか
あなたとしか分けられないように
出会う前から育った 会いたかった
すんごく素敵な歌詞。
とてもロマンティックなフレーズなんだけど、実はとても現実的。
友達でも彼女でも「なんでこんなに気が合うんだろ?」って不思議になるぐらい素敵な人に出会った時って、よく世間では「運命」なんて言ったりする。
でも、実際は、「二人がそれぞれ育ってきた環境や、色々な要因で出来上がった人格が、たまたまぴったりだった。」ってこと。
藤原基央さんの歌詞は、変な言い方だけど、単純に「運命」や「奇跡」って言葉で片付けてしまっていた出来事を、より一層「運命的で奇跡的なんだな」と実感させてくれて、今普通に行っている日常とか人との関わりが、とんでもないことなんだと理解させてくれる。
これと似たようなことがRADWIMPSの『リユニオン』という曲でも歌われていた。
きっとなんとなくの見てる方向
なんとも言えぬアンニュイなツボ
気持ちいい、嬉しい、と響く感動のスイッチが
もしかしたらどうも 奇跡的に同じあたりにあり
つまりこんなに嬉しいことはない
「こんなことはない」ってことが起こった
それが君
映画みたいなものすごいドラマッチックな「運命の出会い!!」みたいなことはなかなか起きないけれど、実は「気が合う人がいる」という時点で、奇跡的なことなんだなとこの曲達は感じさせてくれる。
僕の大好きな映画で『百円の恋』という物があります。
一応恋愛映画でもあるんですけど、ドラマチックさもクソもない、どうしようもない女とどうしようもない男が出会う、どうしようもない恋愛が描かれていて、どうしようもないんだけどなんだか愛しい気持ちになる映画です。
観るたびに、そいつらが、世間的にはどんなにダメなやつらでも、情けなくても、「1人でも気が合う人がいるって素敵なことだよなぁ」と感じれて、暖かくなるのがいいです。
安藤サクラ演じる主人公の「一子」が最初は観るのも嫌になるくらいの汚くてダラシないやつなのに、途中から愛しくてたまらなくなってしまうスーパー名作なんで観てみてください。
Hello,world!
悲鳴をあげたヒーロー 世界の真ん中で
終わるまで出突っ張り 自分が見てる
だからもう 死んだふりも意味ない
このフレーズで歌われていることって、日頃から感じることがしょっちゅうある。
「ダメだ、色々うまくいかない。本当はここで頑張らなきゃいけないんだけど、最近頑張ってたし、今日ぐらいパチンコ行っちゃってもいいよね!ついでに禁煙してたけど今日はタバコも吸っちゃお!!キャッホー!!」
と、自分のことを「初孫」ぐらい甘やかしちゃう時があるんだけど、全部自分に見られちゃってるんですよね。
「もういいやダラダラ生きていこう、誰にも文句なんて言われないし」と思っても自分だけはずっと見ていて、「もっとちゃんと生きたいのになー」ってたまに文句を言ってきたりもする。
死んだふりは通用しないから、めんどうだけどもう少し頑張ってみるしかないよなぁと、ダメなぼくでもなんとか前向きになれるこのフレーズが最高だし、そのあとの「ハロー どうも 僕はここ」という歌詞のメロディーと合わさった解放感くせになる。
また、この『Hello,world!』が主題歌になっているアニメ&マンガ『血界戦線』も大好きだ。
主人公のレオは、過去に恐怖で何もできず、大切な妹に一生消えない傷を負わせてしまった後悔と罪の意識を常に背負っている。
しかし『血界戦線」の10巻で、そんなレオがした勇気ある行動に対して、クラウスというキャラクターが、「その後悔と負い目が今の勇気ある君を作ったのではないか?」と語りかけるシーンある。
もちろん読んでいて号泣したと同時に、どんなに辛いことや理不尽なことがあっても、なんとかかんとか生きていれば、後でその経験が誰かの(または自分の)役に立つ日もくると思えて、ギリギリでもなんとか頑張りたいと感じれる超名シーンなので、『Hello,world!』とともに、人生がピンチの時に読み返したり聞き返したりしたい。
花の名
あなたが花なら
たくさんのそれらと 変わりないのかもしれない
そこから一つを
選んだ僕だけに 歌える歌がある
あなただけに聞こえる歌がある
Mr.Childrenの桜井和寿さんが、「20代で書ける歌詞じゃない」と絶賛していたことも印象に残っているこの『花の名』。
『66号線』のときもいったけれど、ドラマとか映画を見ていると影響されてしまって、「運命の人」的な出会った瞬間からすごい何かを感じて、相性がよくて、自分を変えてくれるような人がこの世にいるんじゃないか?などと考えてしまったりする。
しかし実際はそんな人なんていない。それどころか人なんて、みんなたいして変わらないのかもしれない。
自分も含めて、特別な人なんていない。
でも大事なのはそこではなく、「その中から一人を選んで一緒にいるからこそ生まれるものがある」ということだと教えてくれる。
相手や自分が特別だったりすごい人である必要は全くなくて、「誰かと一緒にいる」ことから奇跡的なものが生まれるだと。
この歌詞が少し切なさのある暖かいギターの音と合わさって、なんか幸せな気分になれる曲。
『僕といっしょ』という漫画も、読んでる時に、「やっぱり誰かと一緒にいるって1人よりいいよなぁ〜」と優しい気持ちになれるから好き。
4巻の「お前がイトキンを殴るな!」と言う場面は本当に素敵だ。
同じドアをくぐれたら
もう気付いたろう 目の前のドアの鍵を
受け取れるのは 手の中が空の時だけ
・・・
手に入れるために捨てるんだ
揺らした天秤が掲げた方を
こんなに簡単な選択だ いつまでも迷うことはない
その涙と引き換えにして 僕らは 行ける
初めて聞いた時に「神秘的でキレイな曲だなぁ」と感じたと同時に「この世界って厳しいんだな」と感じて少し怖くなった思い出の曲。
「何かを手に入れるには、何かを捨てなければ行けない」というこの世界の厳しい真理を実感させてくれたこのフレーズは今でも胸に響く。
どちらかを選ぶという場面では、自分がより大事だと感じる方を選ぶだけの簡単な選択のはずなのに、片方を捨てるという痛みがあって、「涙と引き換え」に選ぶことになる。
選択についての有名な話で、「ロバの話」というものがある。
お腹を空かせたロバが分かれ道の前で、右と左どちらの道に進もうか悩んでいる。
どちらの道からも干し草の匂いがしているのでロバは決められずに悩んだ。
そしてそのまま悩み続け、飢え死にしてしまった。
本当はどちらに行っても、同じ量の干し草があった。
どちらを選ぶか悩みすぎて、人には寿命という時間制限があることや、「選択しない」ことのリスクを忘れてしまうことには気をつけていきたい。
しんどいけれど、「辛くても選択していこう」と勇気を出させてくるフレーズだ。
何かを得るには何かを捨てる「等価交換」という世界の真理を中心に大冒険を描いたダークファンタジー『鋼の錬金術師』も、まだ読んでいない人がいたら必ず読んで欲しいです。最終巻の「あぁくそっ。でもやっぱり死にたくねぇと思っちゃうな」ってセリフの場面で今まで感じたことのない、「最高に幸せだけど最高に切ない」という感覚が走って、何回読んでもボロボロ泣いてしまいます。
GO①
叱られるって思い込む
何か願ったそれだけで
31歳の僕だけど、恥ずかしながら今だにこう思ってしまうことが多々ある。
こないだ沖縄に一人旅行に行ったときもそうだった。
現在ニート状態なこともあって「安定した収入もないのにいきなり沖縄に行ったりしていいのかなぁ?」と誰かに叱られそうでビクビクしていた。
せっかく大好きな沖縄に行くのに、ワクワクよりもビクビクの方が多いなんて自分の気の小ささが情けなかった。
きっと、子供の時に夢中でゲームをやっていたら「宿題やったの!?」と親に怒られた経験や、大人になって仕事して月曜から金曜まで働いたら休みが来る、ということを繰り返しているうちに、「嫌なことをしないと好きなことをしてはいけない」「好きなことばかりしていると怒られる」という二つのことを体で覚えてしまったんだと思う。
『プラネテス』という宇宙を舞台にした漫画で、主人公の「八郎太」が、ロケット工学の基礎を築いたツィオルコフスキー博士の、「地球は人類にとってゆりかごだ、だがゆりかごで一生を過ごす者はいない」という名言について熱く語るが、父親の五郎が「それはツィオルコフスキーのついたウソだ」と否定するシーンがある。
「宇宙旅行を夢見たツィオルコフスキーが、自分の欲望を叶えるために、人類全体の問題にすり替えたんだ」と。
そしてこの名セリフ↓
叱られるという思い込みのせいで動けないのは、周りの評価が自分にとって1番大事なものになってしまっているから。
周りの評価に左右されて、自分自身の欲望がおろそかになってしまうくらいならば、わがままになった方が良い。と言っても、急には難しいですけどね。
自分のワガママのために国まで利用したツィオルコフスキー博士の勢いを少し分けてもらう気持ちで変えていきましょう。
GO②
どうしたくてこうしたのか 理由を探すクセがある
人に説明できるような 言葉に直ってたまるかよ
言葉にするのが難しい感情を上手に言葉にしてくれる藤原基央さんが、この言葉を言うことに驚いたし、かっこいいと思った。
僕もこの歌詞のように、何かにつけて理由を探してしまって、「やりたいから」とシンプルな理由だけで動けないことが多い。
でもそれはあまり良いことではないなぁと最近よく考える。
『同じドアをくぐれたら』の欄に書いたロバの話みたいに、ごちゃごちゃと悩んで何も動けないことが1番もったいないからだ。
このことについては、『SIMPLE RULES 「仕事が速い人」はここまでシンプルに考える』という本に書かれていた泥棒の話がすごくよかった。
スゴ腕といわれる空き巣泥棒達を調査した結果、彼らは入る家を決める際に、「防犯システム」や「隠れる場所の有無」や「カギの頑丈さ」には一切興味が無くて、
「外に車が止まっている家は避ける」
という超シンプルなルールで動いて空き巣を成功させ続けていたらしい。
あんまり良い例ではないけど、困難に思える状況でもシンプルに考える、ということだけは見習いたい。
大人になるにつれて、逆にシンプルにやりたいことをやれる人に段々となっていけたらかっこいいなぁと思うし、なっていきたい。
beautiful glider
もう答え出てるんでしょ
どんな異論もあなたには届かない
もう誰の言うことでも予想つくくらい長い間
悩んだんだもんね
この歌詞を聞いてから、僕の中で「覚悟」という言葉の意味が、「反対意見や否定的な見方を自分で自分にぶつけまくったうえで、それでもやろうとすること」みたいなイメージになった。
- 会社を辞める
- 学校を辞める
- 海外に移住する
などなど、自分の生活が変わるような大きな行動を起こす時は、誰かからの反対にあうもの(「禁煙」のような100%良い行動でさえ、止めようとしてくるやつはいる。本当に。)。
これはもう必ずと言ってもいい。
身近な人だけですら、全員が満場一致で応援してくれる行動なんてないんだと思う。特にその行動が大きければ大きいほど。
そんな時に、どの反対意見を聞いても、
「あぁその意見もとっくに自分で自分にぶつけたよ」
と思えるなら、それはもう自分の中で覚悟が決まっているんだと思います。GOしましょう。
いくら自分が人に傷つけられようが裏切られようが「絶対に人を殺さないし諦めない」という恐ろしいほどの覚悟を決めた男の物語が描かれる『トライガン』と続編の『トライガン・マキシマム』は名作中の名作なので必ず読んでください。
僕の好きなマンガベスト3に入ります。
トライガン・マキシマムの10巻で泣かない方法があるなら教えてほしいです。
ちなみに英語で「覚悟を決めろ」っていうことを、「make up your maind(メイク アップ ユア マインド)」と言って、直訳すると「思考を仕上げろ」なのめちゃくちゃかっこいいですよね。
R.I.P
アドバルーンの下 催事場のヒーロー
光化学スモッグ 手を引かれた野球帽
地球で一番幸せだと思った
あの日の僕に君を見せたい
子供の時の記憶は素晴らしいものが多くて、大人になってからの思い出よりも輝いて見える。
でもそんな「地球で一番幸せ」と思うほどにキラキラした子供時代を過ごす自分に、「もっとすごいものがあるぞ」と見せてあげたくなるほど、「君」は素晴らしいんだと。
「君は素敵だ!」ということを伝えるのに、この言葉以上のものはないんじゃないかってほどに素晴らしい歌詞。
Mr.Childrenの『口笛』という曲に「子供の頃に 夢中で探してたものが ほら今目の前で 手を広げている 怖がらないで 踏み出しておいで」という歌詞があって、『R.I.P』の歌詞と素敵なものの表現の仕方が似ていて面白い。
『口笛』では、「子供だった自分が欲しくてしょうがなかったもの」という言葉で、『R.I.P』では「最高に幸せだと思っていた子供のころの自分に見せてあげたい」という言葉で「すごく素敵なもの」を表現している。
子供の頃の自分が欲しかったものや、その頃の自分に見せたくなるものは、とても素敵なものだよなぁとイメージが湧いてきて、どっちの歌詞も素晴らしい。
映画『スタンドバイミー』に代表されるような、「ジュブナイルもの」といわれる少年少女達の体験を描いた映画が大好きで、その中でも、人の心が読めるおじちゃんに出会うという、不思議な体験を描いた映画『アトランティスのこころ』がたまらない。
ジュブナイルものを見終わったあとにくるあのフワ〜っとしたノスタルジックな気分も含めてアメイジングなんで、なんかイライラしてしまう時などに見て欲しいです。
イノセント
自分を嫌えば許される それは間違い
自意識が過剰 そもそも嫌えていない
ここからの『イノセント』『キャラバン』『レム』の3つは、BUMPの曲の中でも特に厳しい言葉シリーズ。
優しさのかたまりみたいな藤原基央さんが言う厳しい言葉は胸に響く。
特に「自分が嫌い」ということに対しては、藤原さんは否定をする。
それはきっと「人間は自分を嫌うことなんてできない」ということを、誰よりもよく知っているからだと思う。
『嫌われる勇気』という本の中で、人の感情はつい出てしまうものではなく、目的のために自分で出しているものだ、という話が出てくる。
例えば親が言うことを聞かない子供を大声でどなりつけて怒っているときの心理の流れは、
「子供が言うことを聞かないから怒った」→「怒りで大声がでてしまった」→「子供を注意した」
という順番ではなくて、
「子供がいうことを聞かない」→「言うことを聞かせるにはどなるほうが効果がある」→「大声でどなるには怒りが必要」→「怒る」
という風に、目的が先にあって、その目的のために感情を無意識に自分から出しているらしい。
じゃあ「私は自分が嫌いだ!」と言いたくなる感情の目的は何かって考えると、誰かに嫌われてしまうのが怖くて「わかってますわかってます。ぼくも自分のこと嫌いなんで。」と自分から先に言ってしまうことで傷つかないためのバリアを張るためだと思う。
私も私が嫌いなんで許してね、と。
でも「それで何か許してもらえることはないし、そもそも自分を嫌えていないよ」ってことを『イノセント』では伝えていて、曲の最後は、
君がどんな人でもいい
感情と心臓があるなら
いつか力になれるように
万全を期して 唄はそばに
と、「感情と心臓がある全ての人にむけて、唄はあるんだぞ!」という、純粋な音楽の力が歌われていてグッとくる。
自分嫌いとかってひねくれてないで、素直になっちゃえば、どんな人だろうが力になれるように準備万端で、唄はスタンバってくれてる。
藤原さんの考える「音楽とは」の思想が素晴らしくて、スーパー名曲だと思う。
キャラバン
聞こえなくていい 聞こえたっていい
君が嫌いな 君が嫌い
『イノセント』に続いて、自分を嫌いということに対しての強いメッセージ。
「自分のことを嫌い 」という人に対して「そんな君が嫌い」と藤原基央さん史上でトップレベルに強い言葉で歌われている。
「自分を嫌い」という人を、第三者の目から見ると、「悲劇のヒロインぶっている」という状況と似たように見える。
『イノセント』の時にも書いたみたいに、「傷つきたくない」という感情がそうさせていると僕は考えているんだけど、それはまわりからしたら、自分に酔っている行動に見えてしまう。
自分に酔っている人は、都合が悪いことから目を背けてしまい、心を閉ざしてしまうから、ちゃんと話ができないこと多い。
それは確かに良くないことだと思う。
Plentyというバンドの『弱虫』という曲でも、
白馬の王子様なんていない
3分間の救世主だっていないよ
そんなことわかってるんだよ
ただ、信じたいだけなの
そっとしておいて欲しいの
あっそう そうやって泣いてろ
と自分の中に閉じこもっている相手に対しての強い否定の言葉が歌われているし、
サカナクションの『目が明く藍色』という曲でも、
立ち止まってるだけの
「僕らしさ」なんて
すれ違ってく人は
気付くはずないんだ
と歌われていて、とにかく色んな人たちが、悲劇のヒロイズムは否定している。
そして、それと同じように悲劇のヒロイズムから出てこいよ!と優しく歌ってもくれている。
映画『LIFE!』で自分の妄想の中に逃げ込むクセを持った主人公が、あるきっかけから、海外を旅して、今までにしたことないのない大冒険をしていくうちに妄想の自分を現実に変えていく過程が描かれていて、勇気をもらえて良かった。
自分の内側に閉じこもるより楽しいことが外にはあると思う。
そして吹き替え版の岡村隆史さんの声はイマイチだった。
レム
生まれたことを恨むのなら
ちゃんと生きてからにしろ
もう一つ藤原さんの厳しい言葉。
この言葉を初めて聞いた時「かっこいいー」と痺れた。
BUMP OF CHICKENの曲や歌詞は、優しくて繊細なものが多いけれど、力強さもしっかりとある。
『イノセント』や『キャラバン』でもそうだったけど、自意識過剰・被害者意識や悲劇のヒロイン的な考えはしっかりと否定する。「そういうのに逃げないで本心で来いや!」と。
死ぬほど優しい藤原さんが言うからこそ、こういう厳しい言葉が本当に胸に刺さる。
この「ちゃんと生きてからにしろ」という言葉は『新世界より』という小説に出てくる奇狼丸というキャラクターが言った「泣き言は墓穴に入ってからウジ虫に聞かせろ!」というセリフと一緒に、気持ちをシャキッとさせてくれる大事な言葉として胸にしまってあります。
オンリーロンリーグローリー
眩しいのは最初だけ
目隠し外せ
ほら 夜が明けた
イントロを聞いた瞬間から別の世界に飛ばされるような感覚を味わえる神秘的な曲『オンリーロンリーグローリー』。
Sigur Rosの『Hoppipolla』、THE 1975の『Medicine』、L’Arc〜en〜Cielの『NEO UNIVERSE』と並んで、ぼくの中の「4大違う世界に飛ばされがちな曲」です。
もちろん一曲通して素晴らしい歌詞だけど、この部分が特に好き。
ここで歌われている「目隠し」や「夜」というのは、怖くて逃げ込んだ自分の中の世界だったり、自分の思い込みのことだと思うんだけど、「そこから出るのは怖いかもしれないけど、それは最初だけだよ」と優しく教えてくれている。
そして「夜なんじゃなくて、君が暗いところにいるだけなんだよ」とも。
こんなに短い文章で本当にすごい。
少し怖さを感じるような新しいことを始めるときって大体、大変なのも怖いのも最初だけってことが多い。
難しいそうに感じても、意外と最初だけ乗り越えちゃえば、簡単だったりする。
バンジージャンプと同じ。怖いのは最初だけ。
『幸せへのキセキ』という映画でも、マット・デイモン演じる「ベンジャミン」が「行動を起こすのに必要なのは20秒の勇気だけだ」という大好きなセリフがある。
新しいものに飛び込むのが怖い時は、「眩しいのは最初だけ」「20秒の勇気だけ」というこの2つの言葉に勇気をもらって頑張ろう。
モーターサイクル
四の五の言わず飯食えよ
人の振り見て人にはなれんよ
気にするほど見られてもいないよ
生まれたらどうにか生き抜いて
この『モーターサイクル』はBUMPの曲の中でも特にワイルドな歌詞を持つ曲。
- 「勝敗がつけば終わるなら 負けを選んでそれでも息する」
- 「わざわざ終わらせなくていい どうせ自動で最後は来るでしょう」
- 「君には言ってない そう無視してくれていい」
- 「外野はほっとけ」
など、他の曲よりも荒々しく骨太な歌詞がかっこいい。
その中でも「誰かになろうとか思わなくてもいいし、そんなに人は君に興味はないから、色々と気にしすぎないでとにかく生きろ」と伝えて来るこのフレーズが最高。
そして「四の五の言わず飯食えよ」という言葉が、なんかグッときた。
『HAPPY』の中でも「なんか食おうぜ そんで行こうぜ」という歌詞があるけど、頭で考えることや感情も大事だけど、ちゃんとご飯食べることはめっちゃ大事という、人間としてというより生き物としての重要なことを、これだけ繊細で人の感情が読める藤原基央さんに言われると説得力がすごいからだ。
『脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方』という本に書いてあって驚いたのは、30分の散歩をするだけで、抗不安剤や抗うつ剤を一本投与しと時と同じぐらいの効果があるという話だった。精神の病を軽い運動だけで完治させた例もあるらしい。
また、小説家の村上春樹さんも、「職業としての小説家」という本の中で、今まで小説を書き続けてこられた実感として、「体を鍛えずに、脳や心だけを成長させていけるほど人の体は都合よくできていない」と言っていた。
美味しいご飯を食べたり、体を動かしたり、そういう基本的なことが生きていく上では思ったよりも大事なんだと感じる。
Buttrefly
全部嫌いなままで
愛されたがった 量産型
「自分は全部嫌いなままで、愛されたがる」という言われて耳が痛い言葉と、「そういう人はたくさんいる」という言葉を「量産型」という一言で伝えているのがものすごい。
『イノセント』で「自分のことが嫌い」ということに対して「嫌えていないよ」と言っていたように、誰かに愛されたがっている時点で、人のことを嫌えていないよと言われているように感じる。
『スウィート・17モンスター』という映画の中で、何もかもが嫌いで許せないことばかりの、ヘイリー・スタインフェルド演じる「ネイディーン」という高校生の女の子が出てくる。
何も考えずに楽しそうにしている同級生たちも嫌いだし、ルックスが良くてモテモテなお兄ちゃんも嫌いだし、そのお兄ちゃんに恋してしまう唯一の親友も嫌いになってしまう。
でも映画を見ているこっちには、本当は誰かに好きになってもらいたがっているのがバレバレだ。
ネイディーンほど極端ではなくても自分の中にそういう部分があるからわかることだと思う。
「自分は特別だ」と思いたくなってしまうけれど、そういうのも含めてみんな同じで「量産型」なんだと思う。
少し話は変わるけど、お笑い芸人の有吉弘行さんも、仕事がなくなっていたどん底時代の話を書いた『お前なんかもう死んでいる』という本の中で、「自分が特別なんて一切思っちゃダメ。自分は本当にダメなやつだと思っといて、何かいいことが起きたときにラッキーぐらいがいい」と言っていた。
変に自分を特別なんて思わない方が案外幸せになりやすかったりすると思う。
流星群
例え誰を傷つけても
君は君を守ってほしい
ぼくの人生で聞いたバンプ以外も合わせた全ての楽曲の歌詞の中で、一番やさしい言葉。
「自分を大事にしてほしい」という言葉の究極系だと思う。
そんな優しいメッセージと素敵な音が合わさって、キレイな夜に聞きたくなる曲。
小さい頃から「人に優しく」と教えられてはきたけど、「自分を大事にすること」って誰もそんなに教えてくれなかった。
自分にきびしく、辛い状況でも逃げないことが称賛されがちな日本の中で、この歌詞は本当に心に響く。
ぼくもこの言葉は自分のまわりの人にかけてあげたい。
ぼくは自分が全く無理して頑張ることができない人間なので、人が無理をしているのもなるべく見たくないタイプ。「学校や仕事が辛い。。」という話を聞くと、今すぐ辞めてほしいと思ってしまう。
どんなことでも逃げるの推奨派です。
自分が好きなことや、やりたいことでならわかるけど、居たくもない場所でいやいや戦う必要は全くないから。
少しでも辛いと思ったならすぐに逃げてもらいたいと思ってるし、ぼくは逃げる。
人生で「自分は甘いのか?」とか考える必要は一切ないし、「それは甘えだ!」なんて人の意見も一切聞く必要はないってことをこの『流星群』の歌詞に便乗して伝えたいです。
ぼくのこの考えが割と間違ってないと思えるのが、『流星群』の歌詞と、『LIFE 人間が知らない生き方』という動物の生態が書かれた面白い本の中に書いてあったカピバラの話を読んでから。
カピバラは可愛くてたまらない動物だけど、実はカピバラという名前は現地の言葉で「草原の支配者」という意味があるらしい。
「あんなに可愛い奴が!?」と不思議になるけど、その理由は「強いから」ではなく、「めちゃくちゃ温厚で他の動物全員に好かれちゃうから」だった。
カピバラの背中を動物たちが奪い合ったりするほど人気者。
ワニとも仲良くできるってすごすぎる。
そんなカピバラ大先輩だけど、もしも何か嫌なことをされり、危険が迫った時の選択肢は、「逃げる」の一択らしい。
変に戦わないで逃げまくったカピバラ先輩が「草原の支配者」になってるんだから、ぼくたちも見習おう。
無理に「戦って勝ちとる!」なんてかっこよさげなことしなくてもいいから、お互いのんびりと行こう。
Pinkie
過去からの声は何も知らないから
勝手なことばかり それはわかってる
未来の私が笑ってなくても
あなたとの今を 覚えててほしい
未来の自分に、「もしも幸せじゃなかったとしても、あなたといた幸せな今のことを覚えてて欲しい」と願いをこめて歌っているこのフレーズ。
何かを願うということは、未来の自分にお願いしていることにもなっているのか、とこの曲を聴いて気がついた。
例えば筋トレを始めて、今回はちゃんと続けて、かっこいい体になりたい!と思う時、明日や来週の自分に「筋トレしてくれよ!」とお願いをしている。
でも「過去からの声は 何も知らないから 勝手なことばかり」とも歌われているように、「うるせー!先週のお前と違って、今週は仕事が忙しくて筋トレする気にはなれねーよ!」と今の自分のお願いを来週の自分が聞いてくれなかったりもする。
しかしこのフレーズでは、未来の自分に「今こんなに辛いんだから覚えてらんねーよ!」と言われてしまうかもしれないけど、それを分かった上で「それでも覚えていて欲しい」と願うところから、「本当に覚えていたい」という切実な気持ちが伝わってきて、グッとくる。
タイムリープ系の物語で、ハイパー面白い名作アニメ『シュタインズゲート』の中では、ある登場人物が未来の自分に助けられるという、号泣必須の超絶名シーンがあるので、まだ未見の方は、今すぐこのブログを読むのをやめて、1話から見始めてください。
AmazonのプライムビデオでもNetflixでも全話揃ってますんで急いでください。
good friends
好きになれないものを見つけたら
わざわざ嫌わなくていい
そんなもののために時間さかず
そっと離れればいい
大人なら触らずに いたずらに傷つけずに
だけど自分がないから誰かが気になっちゃって仕方ない
うすうすみんなが心のどこかで感じていることを言葉にしてくれた歌詞。
ぼくはカウンターのある狭めの居酒屋でバイトしていたことがあるから、色んなお客さん達を近くで見てきたけど、やっぱりその場にいない人のグチや悪口で盛り上がっていることがとても多かった。
その様子を見ていると「そんなに人の文句ばっかりいってんじゃないよ!」と喝をいれたくなってくるけど、そんなことは言えない。
ぼくも飲んでるときはガンガングチったり誰かの文句を言ったりしてしまうからだ。
でもその場にいない誰かの話をしているお客さん達を見ていて感じたのは、このgood friendsという曲で藤原さんが歌っているように、「気になっちゃって仕方ない」からなんだなぁと感じた。
嫌でも会うことをさけられない会社の上司とかならともかく、別に会ったりする必要のない人の文句まで言うのは、気になっている証拠だと思う。
そして自分がないから「あの人こんな嫌なことするんだよ!嫌な奴でしょ!?」と誰かに「自分が合ってて、あの人が間違ってるんだよね?」と確認したい気持ちのあらわれなんだなぁと。
星野源さんが『いのちの車窓から』というエッセイ本の中でOKAMOTO’Sのハマ・オカモトさんとグチり合う際に、「ヘビーな怒りエピソードほど面白く、笑えるように話すこと、という暗黙のルールがある」と言っていた。
すごくいいルールだなぁと思ったので、密かにぼくもそのルールを守るようにしてます。
時空かくれんぼ
隠れた方が叫ぶ「もういいかい?」
何度目のこと
探す方がお馴染み「まだだよ」
「もう1人の自分」「本当の自分」「自分さえ気付いていない自分」それを見つけてあげてくれ、と藤原基央さんはデビュー時からずっと歌い続けている。
本当の自分、自分の中の自分、新しい自分、色んな言い方があるが、一言で言うと「本心」というところじゃないかと思う。
サッカー日本代表の本田圭介選手が「リトル本田」と呼んでいるのものも同じかもしれない。
以外と、この本心っていうのは自分のことなのに見つけることが難しい。
自分が本当は何をしたいのかさえわからなかったりする。
ぼくは最近、なるべくノートに考えや気持ちを書くことをクセづけしたんだけれど、書いていて「あぁ!おれあの一言にイライラしてたんだ!」とか書き出してから気付いて、こんなことでさえ自分のことってわかってないのかと、驚くことが多い。
書いていてやっと「あっおれ今体調悪いんだ!」って気付いて、測ったら熱があったなんてこともある程。
本心どころか、自分の体調さえ自分ではわからないもの。
『発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術』 という本の中でも、ADHD(注意欠陥多動性障害)との診断を受けている著者・借金玉さんが、「僕は自分の体調がわからない」と言っていた。
「無理をするな」と言われても、自分が無理しているのかいないのかわからないらしい。
しかし「何時間働いたか?」「精神や肉体への負荷がどれくらいあったか?」などの記録をとることで、自分の体調がわかるようになっていったという話が書かれていました。
最初に書いたように、ぼくも同じ紙に書き出すことで体調がわかった経験があるので、すごく納得した。
自分の本心を見つけるのにも、この紙に書き出したり、自分のことを記録するという方法が使える気がする。
曲を聴いたり、書き出したり、色々な方法をつかって、なるべく自分の本心を早くみつけてあげたい。
「もういいかい?」「もういいよね!?」「早くしろよ!この野郎!!」と僕の中のリトルようへいがそろそろキレかけてる気がするから。
メーデー①
息は持つだろうか
深い心の底まで
君が沈めた君を
見つけるまで
潜るつもりさ
その人ですら気が付いていない本心を見つけることを「素潜り」に比喩している、この歌詞。
昔に藤原基央さんがインタビューで、 「歌詞を書くということは素潜りに似ている」といっていた。「苦しいけれど、続けるうちにだんだん深くに潜れるようになる」というようなことも言っていた。
そう言われると、自分の見たくない本音を自分で見つけにいく時の感覚はすごく似てる気がして、すごく納得できた。
そして、この「君ですら見つけられない君を、素潜りで探しに行って見つけてやる!」という宣言の歌詞を聴くと、沈められた君を素潜りで助けにいくイメージが頭に思い浮かんで、その勇敢さがかっこよくて感動してしまうフレーズ。
小説家の村上春樹さんも小説を書く際に、「井戸の中に降りていく」というような表現をよくしている。
人の心を表現する能力がハンパじゃないこの二人が同じようなことを言うからには、心を見つめるのは、勇気を出して暗がりに潜っていくことが必要なんだと思う。
「このミステリーがすごい!2016」に選ばれた『王とサーカス』という小説の、終盤に明かされる、衝撃の事実を読んだ時に「人の心の奥って本当に簡単にはわからないんだな…」と度肝を抜かれたことも思い出す。
メーデー②
傷つける代わりに 同じだけ傷つこう
わかりあえるもんじゃないのなら 2倍あればいい
RADWIMPSの歌詞紹介の時にも書いたけれど、この歌詞みたいに言い切るってことは勇気があってとてもかっこいい。
「どうしたら君も傷つけないで、僕も傷つかないですむか」と人は考えてしまいがちだけれど、 「もっと君のこと知ろうとすると、きっと傷つけちゃうと思う。でもその分おれも傷つくからおあいこな!」と言えるのがとても気持ちよくてかっこいい。
『 “>グッド・ウィル・ハンティング』という映画で、過去のトラウマを抱えるひねくれ者の主人公に対して、何人もの精神科医が治療を諦めていくけど、ある日、変わりものの精神科医と出会う。
その精神科医も過去に傷を抱えていて、お互いが怒り、傷つけ合いながらも仲を深めていく。
自分は傷つかずに相手だけを癒してあげたり、相手の傷を受け入れることは無理なのかもしれない。
本当に深く繋がりたかったら、傷つくことも傷つけることも覚悟するべきだと、『メーデー』や『グッド・ウィル・ハンティング』が伝えて来る。
ホリデイ
君にもらった花 三日ともたず枯らしたよ
詳しい人に話し聞けば 水のやりすぎらしい
「失敗しない後悔しない人生がいいなぁ」と布団から出れずにうだうだと考えている場面から始まる曲『ホリデイ』。
この布団から出れずに「楽して生きてぇ〜」ってダメダメモードになる時って、きっとみんなにあることだと思う。僕はしょっちゅうです。
なのでとても共感できる素敵な曲。
特に「人生の難しいところって、ここだよなぁ」と感じるこのフレーズが印象に残る。
「大事にしなかったから花が枯れてしまった」ならわかるんだけど、「大事にしすぎて枯れてしまう」こともあるから、人生は難しくてややこしい。
勉強だって頑張って色んな知識を詰め込んだのに、結局全て覚えていなくて無意味になってしまったり、ダイエットだって気合いを入れて何も食べなかったりすると、その後のリバウンドで逆に太ってしまったりする。
良かれと思ってしたことが逆に相手を怒らせてしまったりするし、本当に人生って難しい。
でも、今書いていてミスチルの桜井さんが『GIFT』という曲を発表したときのインタビューを思い出したんだけど、
例えば、ぼくを喜ばせようと思ってケーキを買ってくれた人が、早くぼくに渡したくてケーキを持って走ってきてくれて、開けたらケーキがグチャグチャだったとしても、それを見て「汚いケーキだな」と思う人にはなりたくない。そのぐちゃぐちゃのケーキから「急いできてくれたんだ」と愛情を感じれる人になりたい。
というようなことを言っていたのを読んですごく感動した。
良かれと思ってしても迷惑になっちゃうことがあって難しいけれど、誰かがしてくれた「良かれと思って」はありがたい気持ちで受け取れる人でありたいですね。
(please)forgive
ただ怖いだけなんだ 不自由じゃなくなるのが
守られていたことを 思い知らされるのが
「自由は素晴らしい」と思いっていながらも、実際は不自由じゃなくなるのを怖がっている自分に気付かせてくれるすごいフレーズ。
本当は、ぼく達は行こうと思えば今すぐにでもどこにでも行ける。
極端な話、会社や学校を今すぐ飛び出して、連絡が来ても全て無視して旅立つこともできる。
さらに極端に言うと、後のことは考えずにカードローンで借金でもすれば、海外だろうがなんだろうが大抵の行きたい場所には行けてしまう。
しかしそんなことができる人はなかなかいない。会社や学校を辞めて、その後の保証がなくなるのが怖いから。
だからぼくも含めた、ほとんどの人が「あーほんとに僕は不自由でどこへも行けないなぁ」と思うことにしている。
そうしておけば、リスクとって行動しなくていいから怖くないし。
哲学者のキルケゴールさんという人も、
「不安は自由のめまいだ」
と言っているし、心理学者のバリー・シュワルツさんも、
「人は選択肢が増えれば増えるほど不幸になる」
と言っているように、僕たちは意外と自由に弱いらしい。
じゃあそんなぼくたちが、どうしたら自由になれるのかというと、「痛みを覚悟する」しかない思う。
これは、くるりの『奇跡』という素晴らしい曲のラストのフレーズ、
何処へでも行けるよ
少し身悶えるくらい
という歌詞を聞いて思ったことです。
僕たちは本当にどこへでもいける。
だけどその代わりにめちゃくちゃしんどかったり、何かを手放さなくちゃいけなかったり、「後で後悔するかも…」っていう不安を背負うことになる。
でもその痛みよりも更に素晴らしい何かに出会えたりする。
なので、本当はやりたいことがあるのに、「不自由じゃなくなるの超こえー」と考えて怯んでいる人は早めに決断した方がいいかもしれない。手遅れにならないうちに。
大丈夫。少し身悶えるくらいだから。
話がしたいよ①
体と心を 同時にここまで
連れてこられたんだろ
どっちもくたびれてるけど
平気さ お薬もらったし
飲まないし
「もらったお薬を飲まない」という、多くの人が経験している些細な出来事を、初めて歌詞にしてくれた面白さと可愛らしさが大好き。
良い歌詞は、良質なあるあるネタだって僕の持論があるんですけど、これはまさにその一例。
そして今生きてるってことを、「体と心を同時にここまで連れてこれた」という表現にすることで、よりシンプルに「当たり前だけど、すごいことなんだな」ジワーっと感じることができる、とても温かい歌詞。
藤原基央さんの歌詞は、日常や「人間がそこにいる」という当たり前のことが、どれだけ素敵かを、鈍感な僕でも(完全にではないけれど)わかるように伝えてくれるので、ずっとこのまま年をとっても聞いていきたいと思わされる。
(ちなみにですが、抗生物質はちゃんと出された分は飲み切った方がいいらしいです。)
話がしたいよ②
今までのなんだかんだとか これからがどうとか
心からどうでもいいんだ そんなことは
いやどうでもってそりゃ言い過ぎかも
いや言い過ぎたんだけど
そう言ってやりたいんだ
「過去も未来関係なく、今だけが大事なんだ!」という藤原基央さんの気持ちが歌われているこの歌詞。
これがとてつもなくかっこいいんだけど、僕にはこれがどうしても思えない。
今までのなんだかんだ(過去)は、藤原さんと一緒で、「どうでもいい」ってちょっと言い過ぎちゃいたくなる時もある。
でも、これから(未来)は、どうでもいいと思えない。
「大事な人達とこれからも楽しく生きていけるのか」ってしょっちゅう不安になるし、反対に「もっと今より楽しくなっててほしいなぁ」と先に期待したりもする。
未来がどうでもいいって思えるほど、強烈に今を生きるようになるには僕にはまだまだ邪念が多すぎちゃう。
でも少し混乱するけど、良い未来にするためには未来のことは考えずに今を全力で生きた方がいい。
これはバンプの曲や色んな本を読んで感じたこと。
でもわかっていてもなかなかできるもんじゃない。
しかし、できるようになったその時には、世の中が違って見えそうな気がするから、そうなれるように頑張ろうと、この曲を聴くたびに感じる次第であります。うす。
ロストマン
君を忘れたこの世界を
愛せた時は会いに行くよ
間違った旅路の果てに
正しさを祈りながら
『ユグドラシル』という別れがテーマのバンプのアルバムのラスト曲『ロストマン』。
僕がBUMP OF CHICKENの曲の中で一番好きな曲を無理矢理選ぶとしたらこの曲だと思う。
イントロから鳥肌が立つほどの名曲なんだけれど、このフレーズは何度聞いても胸が熱くなるハイパー名フレーズ。
バンプの曲に出てくる「君」という言葉は、「大事な人」とも、「もう一人の自分」とも取れることが多いけど、このフレーズはどちらで解釈してもグッとくる。
・「君」=大事な人のパターン
「君がいなくなってしまった世界を好きになれた時には会いに行くよ」、と大事な人がいなくなってしまった世界でなんとか前を向いて生きていこうと決意している。
・「君」=自分のパターン
何かの夢や目標を諦めてしまって、目的を失い絶望している男が、形は変わってももう一度何かにチャレンジしようと決めて、そして前みたいにこの世界を好きになれたら、かつての夢を持っていた頃の自分に会おう(もう一度戻ってみよう)と決意している。
どちらにしても絶望から立ち上がる様子が浮かんできて、胸が熱くなる。
このあいだ『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』という映画を観た。
事故で奥さんを亡くしてから、感情がグチャグチャになってしまった男の話だったんだけど、大事なものを亡くして絶望の中にいる人間の様子がすごく誠実に描かれていて、観終わった後にこの曲を聴きたくなった。
K
「見ろよ、悪魔の使者だ!」
意思を投げる子供
何とでも呼ぶがいいさ
俺には 消えない名前があるから
「黒猫が横切ると縁起が悪い」と子供の頃に耳にしてから、迷信だとは理解しながらも実際に黒猫が自分の前を横切ると、なんか嫌な感じがしていた。
そんな黒猫にとってはたまったものじゃない、くだらない迷信を多くの人から拭い去ってくれた名曲。
「黒猫が前を横切ると不吉なことがある」
この言葉を、最初に言い出した人の罪は相当重いと思う。
ただ「黒い」ということだけで、なんとなくテキトーに言い出しただけだろう。
そして、そんな誰が言い出したかもわからない、くだらないことを「昔から聞いていたから」というくだらない理由で信じ込んでいた、自分も罪が重い。
誰かのちょっとした思いつきで作られた迷信の中で「悪いもの」とされてしまい、それが広がり傷ついた生き物は、今までどれだけたくさんいただろう。どれだけ黒猫達は傷ついてきただろう。
「人種差別するやつなんて本当にアホ」と思いながらも、平気で「迷信差別」していた自分が恥ずかしくなった。
誰かを傷つけるような迷信を解いてくれて、藤原基央さんありがとうございます。
Flare①
もう一度起き上がるには やっぱり
どうしたって少しは無理しなきゃいけないな
一人じゃないと呟いてみても
感じる痛みは一人のもの
この出だしの歌詞フレーズが心から共感できて、一気に曲の中に引き込まれてしまう。
何事においても「もう一度起き上がる」という行為は本当に辛い。
「一生懸命努力したのに、受験で不合格だった」という状況から、来年を信じてもう1度勉強を開始するのは、とんでもなくしんどい。
そこまで大きなものでなくても。
「1ヶ月間ダイエットを頑張って、順調に3キロ減らした体重が、会社の送迎会や友人の誕生会などが重なって、気付いたら始める前の体重に戻っていた」
というような状況からでも、もう一度気持ちを切り替えて、新しい気持ちでダイエットを開始することもかなりしんどい。(個人的にはしばらく期間をあけないとほぼ不可能な難易度だと思う)
物事の大きさはともかく、「バターン」と倒れ込んでしまった状態(心が折れた状態)から、少しずつモジモジと体制を整え、やっと立ち上がれるところまでにいくには、どうしたってすんなりはいけず、多少無理をするしかない。
そしてもちろん、支えてくれる人がいようがいまいが、その辛さや痛みは自分1人で抱えるしかない。
こんな一見キツイ事実だけど、なぜか藤原基央さんの歌詞、BUMPの曲になると、キツイ事実は変わっていないのに暖かい気持ちで、受け止めれる気がしてくるから不思議だ。
この歌詞で『涙のふるさと』の大好きなフレーズを思い出した。
逃げてきた分だけ距離があるのさ
グチるなよ自業自得だろ
どうしようもない事実は、ごまかした優しさよりも、一思いにエグって「仕方ないことなんだ。受け止めろ!」と言ってもらった方が、かえってスッキリして前を向ける気がする。
それを優しさを込めた、藤原さんなりの表現で伝えてくれる素敵な歌詞フレーズだ。
そしてこの曲は、チャマこと直井由文さんの、不倫問題を受けての曲ではないと思うけど、BUMP OF CHICKENがメンバーの不倫という、解決の方法がない問題に、どう対処していくのか、直井さんがどうやってもう一度立ち上がるのか、注目している。
藤原基央さんの歌詞には、傷ついた人を救ってくれるような歌詞はたくさんあるが、傷付けた側を擁護するような物は一つもないからだ。
どうなっていくのか、不謹慎だけど楽しみでもある。
Flare②
今 世界のどこかで 青に変わった信号
跳ねて音たてたコイン ため息 廻る車輪
誰も知らない 命の騒めき
目を閉じて 一粒
どこにいたんだよ ここにいるんだよ
ちゃんとずっと
気付くと、いつでも自分の身の回りしか見えないほど視界がせまくなっている。友達のことも、親のことも、ムカつく上司のことも、自分と同じように今生きて生活をしているということが、頭でわかっていても、リアルに想像することができない。
でも自分の目の前のことばっかりじゃつまらないから、テレビやネットの派手な情報を追ったりもする。大谷選手のホームランに喜んで、政治家にムカついて、千鳥さんで爆笑して。でもそれも自分との直接的な関わりがある物じゃ無いからリアルに感じられない。
そんな自分の頭の中と、目に見える範囲だけで常にいっぱいな僕の頭をこの歌詞がイメージを持って広げてくれる。
「青に変わった信号」も「小銭の落ちる音」も「ため息」も「タイヤが回って走っている」ことも、鮮明にイメージが広がって、そこにはたくさんの人達が生活していることが、テレビやネットを見てもダメだった僕にわからせてくれる。
そして今これを書いているまさにこの時も、または今、あなたが読んでくれている瞬間も、「誰も知らない 命の騒めき」の一つであって、藤原さんのようなアーティストでも、大谷選手のようなスターでもないけれど、自分はちゃんとずっとここにいると、心からは思えなくても思ってみようとなる。
信号、コイン、車輪と溜め息以外は人の描写が出ていないのに、たくさんの人の生活を鮮やかにイメージとして浮き上がらせて、その中に自分も、自分の大切な誰かも、ちゃんとここにいる、と実感させてくれる、本当にすごい歌詞だと思っています。
Gravity
雨でも晴れでも 空のない世界でも
また明日 明日が ちゃんときますように一緒じゃなくても
一人だったとしても
また明日の中に 君がいますように
神社でお願いごとをする時には、「お金持ちになりますように」と言いそうになって、ギリギリで「自分の周りの人の健康」を願う、ギリギリ邪な僕も、「本当の本当に一つだけの心からのお願いはなんだ?」と聞かれたら、この歌詞のようなお願いになると思う。というかこの歌詞を聴いてそう思った。
僕だけじゃなく、きっと多くの人が本当の本音を聞かれたらこの願いになると思う。兎にも角にも明日が来て欲しい。
そしてその来る明日の中に大切な人がいて欲しい。「一緒じゃなくても」とまで思えるかは難しいところだけど。
『呪術廻戦』の236話と261話を読むと、五条悟にとっての願いも本当に「明日の中に夏油傑(親友)がいて欲しい」だったんだなと感じて悲しくなってしまう。
最強の呪術師の願いごとでさえ、やっぱりこれだったみたいだ。
【歌詞フレーズは随時追加していきます。】
↓他の歌詞フレーズまとめも読んでいただきたいです!
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